
明日、1月11日は鏡開きをする日です。
毎年恒例の行事として、よくニュースなどで見ますし、
昔はウチでもやっていたように記憶しています。
子供の頃は、正月の間お預けをくらっていた大きな餅を食べたいというだけで、
鏡開きを楽しみにしていたものでした。
その後、一人暮らしを始めてから、鏡餅を供えることもなくなり、
鏡開きもやっていません。
なので、鏡餅や鏡開きの由来というか意味というか、
そういうものをほとんど知らずに今に至ります。
そこで、ここは鏡餅と鏡開きについて、少し調べてみようと思います。
なぜ鏡餅を供えるのか
鏡餅の鏡というのは、昔は銅鏡と言って丸い形のもので、
神事に使われる神器でした。
歴代天皇が継承されている天照大御神から授かった三種の神器の一つにも、
八咫鏡(やたのかがみ)というものがあります。
このような鏡に合わせて丸い餅を供えるようになったようです。
その丸い餅を2段に重ねるのは、
1年をめでたく重ねるとか円満に年を重ねる
という意味があります。
また陽の太陽と陰の月を大小の餅で表し、
福徳重なるという意味もあるそうです。
飾りの意味については、
橙は「代々」家が続く、繁栄するという語呂合わせです。
御幣は、赤色は魔除けの意味があり、繁栄を願ってのものです。
裏白は、裏が白いことから、清廉潔白や白髪まで長生きするよう長寿を意味します。
あと葉の模様が対になっていることから、夫婦円満を表しています。
鏡餅は、年神様の依り代なので、松の内は年神様が宿ると考えられています。
ですから、松の内に鏡餅は食べてはいけません。

鏡開きでは「切って」はいけない
松の内が1月7日までの地域であれば1月11日に、
1月15日までの地域であれば1月15日か20日に鏡開きは行われます。
元々は武士の風習だったので、
切腹を連想させるため「切る」という言葉を嫌い、
鏡餅を刃物は使わず手や槌で割ったりしました。
神様との縁を切らないようにという意味もあるそうです。
ただ、おめでたい時に「割る」というのも縁起が悪いということで、
運を開くにかけて鏡開きというようになったそうです。
年神様へのお供えの終わった鏡餅には、年神様の力が宿っているとされ、
食べることでその力を授かり、1年の無病息災を願うということです。