Pocket

浅草神社は、もともと三社権現社という名前だった

三社祭(さんじゃまつり)とは、浅草神社の例大祭のことです。

なぜ、浅草神社の例大祭なのに「三社祭」という名前なのでしょう?


それは、浅草神社がもともと

三社権現社

という名称だったことからきています。

それで、今でも「三社さま」と呼ばれ親しまれているのです。


三社権現社という名称は、3人の神様を祭っているところからきています。

三社権現とは、3人の神様のこと表しています。

その3人の神様というのが、


檜前浜成命(ひのくまのはまなりのみこと)」、

土師真中知命(はじのまつちのみこと)」、

檜前竹成命(ひのくまのたけなりのみこと)


です。


明治維新のとき、神仏分離令によって浅草寺と別れ、

明治元年に「三社明神社」という名称になりました。

その後、明治6年に現在の「浅草神社」となりました


三社祭の起源

三社祭の起源となる祭りは、

正和(しょうわ)元年(1312年)に始められました。


三社権現社の名の由来となった、三社の神話に基づいて行われた船祭でした。


3月17、18日の両日という今とは違う日程で、

1年おきの十二支で丑、卯、巳、未、酉、亥の年に行われていました。


江戸時代のころは、浅草寺と一体となった神仏混交の祭りで、

「観音祭」とか「浅草祭」と呼ばれていました。


現在と違い、大祭前夜に神輿を観音堂の外陣に安置し、

堂前の舞台でびんざさら舞の奉納が行われていました。

練り歩くのは、神輿ではなく山車が中心でした。


明治5年から、5月17、18日両日に祭りが行われるようになりました。

そして、現在のように氏子各町に神輿の渡御を行うようになりました。

渡御とは、練り歩きのことです。


昭和38年からは、社会情勢の変化によって、

5月17、18日に近い土日に斎行されるようになりました。

現在は、5月の17、18日に近い、金土日の3日間で斎行されています。


三社祭の見どころ

三社祭の見どころには、次のようなものがあります。





【初日(金曜日)】

大行列

お囃子屋台・金棒・鳶頭木遣り・総代・各町役員・びんざさら舞・芸妓連の手古舞・組おどり・白鷺の舞・屋台で編成された大行列です。

びんざさら舞の奉納

びんざさら舞は、東京都無形文化財に指定されています。

浅草神社の社殿と神楽殿で、奉納されます。


【中日(土曜日)】

町内神輿連合渡御

正午に、約100基の町内神輿が浅草寺裏広場に集まり、一基ずつ発進して、浅草神社でお祓いを受けた上で各町会に渡御します。


【最終日(日曜日)】

宮出し

朝6時に、浅草神社の本社御輿が、神社境内から発進します。

本社神輿には、一之宮、二之宮、三之宮の3基があります。

一之宮には土師真中知命、

二之宮には檜前浜成命、

三之宮には檜前竹成命、

と、それぞれの御神霊を三社祭の始まる前日の木曜日に移してあります。
(本社神輿神霊入れの儀)

本社神輿各町渡御

本社御輿が各町会を渡御します。

宮入り

本社神輿が、浅草神社へ戻ります。

スポンサーリンク