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フォイエルバッハってどんな人?(2)フォイエルバッハってどんな人?(1)からの続き

 

それでは、フォイエルバッハのキリスト教批判というのは、どのようなものだったのか、見ていきたいと思います。

フォイエルバッハは、主著の一つ「キリスト教の本質」で、

人間は自分の姿に似せて神を作った

としています。

 

純粋で完全無欠な神は、人間の悟性の本質である。

道徳的に完全な神は、人間の良心である。

そうでなければ、神に罪を告白したり、神を恐れたりできない。

神の人間に対する愛は、人間の人間に対する愛である。

人間は、人間の人間に対する愛以外の愛を、想像できない。

だから、神の愛とは人間の愛である。

フォイエルバッハは、こういった点などを挙げながら、人間と人間の神とは同一であるとしています。

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また、信仰と人間の理性、徳、愛には矛盾があるとしています。

まず、神は超感性的存在で実存するという教義が、人間の理性と矛盾しています。

五感を通して把握することができなければ、存在するということはできないのに、

五感で把握できない神が実在しているということが、理性的に矛盾しているということです。

 

徳には神に対する信仰が必要だとすることは、徳は神に基礎づけられているということになります。

そのことが、人間に内在する徳性を否定することになり、人間の徳と矛盾します。

 

キリスト教の信仰では、人間が人間を愛するのは、神が人間を愛したからにすぎません。

ということは、愛は人間に基づかないということになり、人間の愛と矛盾します。

 

このような矛盾から、キリスト教の信仰の中では、信仰と人間の理性、信仰と人間の徳、信仰と人間の愛は対立します。

 

さらに、人間の幸福や希望は、キリスト教の信仰の中では、現実の生活の中にはありません。

キリスト教での、人間の幸福や希望は、永遠の命をあずかることで、

その永遠の命は、信仰していれば神から与えられるからです。

 

こういったことから、キリスト教を批判し、神と人間の関係をひっくり返さなければならないとしています。

それは、人間に最も価値があるんだということでしょう。

 

そのような思想は、カール・マルクスやフリードリヒ・エンゲルスに影響を与えました。

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